つちまるってこんな人

みなさんこんにちわ。

当ブログ「低年収社会人の節約生存戦略」管理人のつちまる@tcdtkhsです。

ここでは、ぼくのこれまでの生い立ちを「お金に関する価値観」に絞って自己紹介をしていきます。

ぼくの生い立ちとかについては、メインブログにて公開しているのでこちらをどうぞ。

つちまるの生い立ち

つちまるのプロフィール

周囲よりもお小遣いが少なかった、中学高校時代

ぼくの節約意識は、中学時代のころから芽生え始めていました。

その理由は、周囲の友人たちに比べてお小遣いが少なかったから。

お手伝いをするごとにもらえるお小遣い方式だった中学時代

我が家では当時、お小遣いは家のお手伝いをした分だけもらうという仕組みでした。

確か犬の散歩に一回行ったら30円だったかな?

犬の散歩は朝夕と一日二回なのでフルコミットすれば毎月1,800円と言う計算です。

加えて他の手伝い(草むしり、風呂掃除)もカウントしてくれたので合計2,000円はもらっていたと思います。

がしかし、当時付き合いのあった友人たちはだいたい毎月3-4000円もらっており、ぼくよりも裕福だったのです。

遊びに行くにしても、当然お金が掛かってきます。しかも自分より小遣いが多いので遊びにかけるお金のレベルも必然と上がる。

なので、彼らに合わせるためにぼくは無駄なところにお金は使わず、遊びに行くときはしっかり使うという方向性でいきました。

夏の暑い日にアイスやジュースは買わず、欲しいゲームはお年玉・誕生日以外では我慢。

周りが最新ゲームを楽しんでいた間にぼくはポケモン(当時はルビー・サファイヤ)をやりこんでいたのを覚えています。

お手伝い制撤廃も、部活動の支出が増えた高校時代

高校に入ってからは中学の時よりも帰りが遅くなることもあり、お手伝いするごとに小遣いがもらえる仕組みは撤廃になりました。

ついでに昇給にも成功し、毎月3,500円になりました。

昇給はしたものの、周囲の友人に比べると依然低いまま。

更に高校から始めたテニス部のより出費がかさんでいきました。

テニスやったことある方なら分かると思うんですが、ガットやグリップなど、消耗品が結構あるんですよね。

加えて練習時間もかなり長かった(火~金の授業後、土日9-17時)のもあり、他のテニス少年よりもその消耗は早かったのではないかと思います。

このように出費が結構かさむ部活動だったので、ありとあらゆる方法で支出を抑えてましたね。

例えば

  • ドリンクが足りなくなったら自販機があるにもかかわらず自転車で片道15分かけてスーパーまで行って2ℓボトルのドリンクを買いに行く
  • 「お昼代」としてもらった500円を少しでも浮かせるために200円で提供していたスーパーのフードコートのラーメンで我慢する
  • ラケットのガットはネットでまとめ買い。10本8,000円で買えるので部活動の仲間と割り勘して購入(スポーツショップで買う場合、1本1,500円くらいする)

などなど、周りの低収入小遣い仲間と協力したりしながら支出を抑えて過ごしていました。

その反面、部活動の拘束が長かったので遊びにかけるお金はだいぶ減ったのは唯一の救いでしたかね。

中学時代は当時の仲間にカラオケとかボウリングに拉致されていましたが、高校時代はそんな暇も無かったので。

バイトをクビになった、大学時代

猛烈な受験勉強の末、晴れて明治大学農学部に合格。

三重県から上京することになりました。

華の大学生活、サークルやってアルバイトして過ごして、なんて有意義になるであろう生活を夢見ていました。

バイトが続かない、社会不適合者として過ごした学生時代

が、入学早々始めた松屋のアルバイトはあまりに仕事が出来なさ過ぎて1か月でクビに。

その3か月後くらいに始めたスーパーでのアルバイトはパート界の破壊神に目を付けられ、耐えられず半年で退職。

周りと比べてろくにアルバイトも出来ない大学生活となってしまいました。

しかしアルバイトは出来なくても支出は当たり前のようにやってきます。

テニスサークルに所属していたのでもちろん飲み会の頻度は多いです。

それだけでなくテニスをするのにもお金はかかるので出費はかさみます。

特に大変だったのが、年二回ある、夏・春合宿。

夏は6泊7日、春は5泊6日だったので一回当たりの出費が半端ない金額なんですよ。

一回当たり6-7万円は取られたかな?

今思うとよくこんなまとまったお金払ってたな、と思いますw

社会人になってからもこんな金額払う機会はそうそう無いですからね。

この年に二回の大きな出費は、単発のバイトをしてしのぎましたが、基本的には親からの仕送り節約をしてサークルの活動費などは捻出していました。

節約のベースは大学時代にできた

今でこそ節約についてブログで発信していますが、節約生活のベースはこの大学生活の中で出来たものです。

外食は高いからちょっと頑張ってでも自炊をして食費を抑えたり、

家計簿をつけて支出管理をしたり、

安いスーパーを探し回ってみたり、などなど削れるところは削っていこうと頑張っていました。

↑大学4年時(2011年)につけていた家計簿。当時はエクセルで管理していた

低年収の社会人、マルチにはまる

大学を卒業して無事社会人となりました。

住まいも大学キャンパスがある神奈川の生田(川崎市)から千葉県の松戸市へお引越し。

首都圏の家賃は基本的に高いですが、当時5.5万円の物件だったので比較的安いところを見つけられたのかな、と。

低年収で生活はぎりぎり、加えて節約はさぼる

社会人なりたての頃は、ぶっちゃけ節約をさぼっていました。

というか、学生時代よりも入ってくるキャッシュフローに自分が適応できない感じでした。

学生時代は家賃+仕送りで合計12万くらい、社会人になってからは手取りで18万くらいもらえていたので生活レベルを上げちゃいましたねww

つちまる(23)
つちまる(23)
学生時代よりも6万も余裕があるぞ!やったね(^^)/

こんな感じでした。

この時の生活は

  • 1着1,2万円もする服を何着も買ってしまう
  • 総額10万円はする脱毛エステに通う
  • 総額30万円はするであろう料理教室に通い始める(途中キャンセルできたので支払い10万程度で済んだ)
  • 総額60万円のコミュニケーションスキルアップのスクールに通う

あとあと返せるだろう、と言う軽い気持ちで色んな事にお金を使ってしまいました。

ルリまる
ルリまる
いや、お金使い過ぎじゃねーか。これ、全部やる意味あったの??
つちまる
つちまる
振り返ってみるとやる意味なかったねー。特に60万のコミュニケーションスクールのやつは本当に無駄だと思ったよ。5年くらい尾を引いたね

これらの散財が、のちに来る大きな出来事と相乗効果でぼくに押し寄せてくるとは当時のぼくは知らない。

マルチにはまって多重債務者になる

社会人1年目の冬、異業種交流会で知り合った人から誘われて、ネットワークビジネスを始めてしまいました。

ぼくが携わっていたチームでは最初に”ビジネスを始める権利”という名目で20万円以上の商品を一括購入することになっていました。

ルリまる
ルリまる
それ、払ったの??
つちまる
つちまる
渋ったけど、結局支払っちゃった。頑張ればこのお金は取り戻せると思ったし、何より60万の壁を越えたぼくに敵はいないからね
ルリまる
ルリまる
なんで騙されたのに偉そうなんだお前??

その後は必要でもない商品の購入、セミナーの参加費、勧誘のための人材作りのための交流会参加などで支出は止まることを知らず、

1年半後には最大で160万円まで膨れ上がっていました。

つちまる、仕事を辞め無職に。生活を維持できず名古屋へ

2014年10月、いろいろありましてぼくは仕事を辞め、無職になりました。

無職の上に借金持ち(この時が最高額の160万)となり、一人暮らしの生活を維持できず岐路に立たされました。

この時の選択肢は3つありました

  • 意地でも千葉に残り、一人暮らしを維持、そこで仕事も見つける
  • 実家の静岡に行って再起を図る
  • 「うちに来な」と言ってくれた親戚が住む名古屋に行って再起を図る

借金返済を最優先したいので名古屋へ

この時自分がやるべきことは何か、と考えたときにまず思い浮かんだことは「借金を返すこと」でした。

なので東京に残らないということでネットワークビジネスからは足を洗いました。

実家の静岡に行くか、親戚のいる名古屋に行くかどちらかは正直迷いました。

が、家庭の事情で静岡にはあと半年しかおらず、半年後には三重県に行くということで親戚に頭を下げて名古屋に行くことにしました。

つちまる(25)
つちまる(25)
親戚にお世話になって生活レベル下げて借金返済に集中するんだ

という意図であります。

なにより、静岡よりも名古屋の方が仕事も多いし給与が高いですしねww

名古屋へ行くときには借金は160万円のうち60万は親に肩代わりしてもらいました。

名古屋で再就職、毎月12万ペースで返済を進める

名古屋に来てから半年近くは就職が決まりませんでした。

その間は最低限のアルバイトをしながら迫りくるお利息を返済するだけの生活。

支払いをしても元金が数百円しか返済できていないのは精神的にもかなり堪えましたね。

就職が決まったのは2015年5月の話。そこからは毎月12万円のペースで返済をしていきました。

ありがたいことに親戚からは「お金のことはいいから」と言っていただけて、ただで食事も寝るところも与えてくれました。

実家暮らしの人でさえも親にお金を渡している人が多いと思うんですけど、当時のぼくは他の実家暮らしの人よりもはるかに恵まれていたと思います。

親への借金を終わらせ、利率の高いキャッシングの返済を終わらせ、最後に額が大きいリボ払いの返済を終わらせ、2016年5月に借金をすべて完済させました。

ルリまる
ルリまる
160万の借金を1年半で返したのか?スゲーじゃねーか
つちまる
つちまる
親戚が住まわせてくれたおかげだよね、本当に。頭が上がらないよ

借金返済していた当時は、人生=借金を返済するゲームという感覚でした。

なので、返済して元金が減っていくのを見るのが楽しみの一つでしたww

けど、もう2度とやりたくありません。

2016年冬、名古屋での仕事を退職。やりたいことをやるために

借金を完済した年の冬、ぼくは名古屋で勤めた会社を退職しました。

この会社からいただいたお給料が、ぼくが借金を返済する元となったお金なので会社にも大変感謝していましたが、

ぼくにはやりたいことがありました。

ルリまる
ルリまる
借金抱えていた時から考えはあったの??
つちまる
つちまる
そうだよ。ただ、自分がやりたいことをやる前に借金をどうにかしたいと思ったからその時は動けなかったんだ
ルリまる
ルリまる
なるほど、打算的に動いてたんだな

2017年春、新天地の栃木へ

2017年の春、借金が無いどころか100万近くの貯金をもって足軽になったぼくはやりたい仕事に就くために栃木へやってきました。

そして仕事を楽しみながらも、ブログを書いて栃木の長閑な地で日々のんびり過ごしているわけであります。

つちまるの略歴まとめ

西暦 年齢 出来事
1989 0 つちまる誕生
2008 18 高校卒業、明治大学農学部へ進学。バイトを1か月でクビになる
2012 22 大学卒業、松戸市で生活。この時にマルチにはまる
2014 25 マルチから撤退、借金を160万抱え、名古屋へ逃避
2016 26 5月、借金を全額返済!!
2017 27 やりたい仕事に就くため、栃木へ移住

というわけで当ブログをよろしくお願いします。